魯山人味道

最近読んだ本です。 魯山人さんが昭和の5年から30年ごろまでに雑誌に書いたものを弟子がまとめた一冊。本当に細かい。よくここまで研究したなというほど食に対してとことん書いている。
前半は料理を題材にしいろいろと書いて後半は料理に対する考えなどを書いた構成。
料理の話の合間合間に魯山人の生きる心構え、考えが見れ、明治から昭和のひとがどんな生活をしていたかなど非常に勉強になった。
”生きている人間が料理を作らなければ料理も生きてこない” つまりしっかり考えて真心をこめて工夫しろってことらしい。確かになんにでも通じる。
また”欧米に対して語る人が実は日本のことをよく分かっていないことが多いから、はじめから話が狂っている。向こうに行っても日本のことを教えられないのだから日本にとっても欧米にとっても損である”とつい最近に流行った国家の品格にも同じようなことが確か書いてて、もう50年は経ってるのに欧米に目が行き過ぎてる日本人って結局変わってないなーとか思った。
魚をフライパンで焼くときふたをして水を入れて蒸すように焼くと非常に美味しく、これは自分で勝手に考えたのだけど、魯山人も同じようなことを書いていたので少し嬉しかった。
これを読んでると地方にうまい旬のものを食いに行きたくなる。
素材の味を大事にするのが日本料理であり味の素や化学調味料を使うのはよくなく、大部分が鰹節の一種でこと足りる。また料理は五感で楽しむものであり日本には料理を盛る良い皿がないと考え、自ら陶芸をするようになったらしい。
一番印象を受けた言葉が
”腹が減っては戦ができないというが戦をしなくなった日本に腹が減ることだけを残してくれたのは悲劇だろうか。そんなら、何を食べても美味しくないという金持ちの生活は喜劇か。悲劇は希望を求め、喜劇は希望を忘れている。”
最近京都でタクシーに乗ったときに運転手の方が戦前生まれで当時メシが全然なかったと語ってくれたことを思い出した。この魯山人の言葉の強さと意味が心に刺さった。
この本には昭和の有名な方々の名前が出てきてぼんやりしてた昭和の文化人の理解が深まった。(名前をWikipediaとかで調べただけだけど)
竹内栖鳳、今東光、小林秀雄、良寛和尚、西園寺公望などなど。
まぁ本を読むのはいいけど横でこんなに説教されるのはしんどいかなと思った。でも最近こんなじいさん見ないなとも思った。今東光にしても魯山人にしてもなんでこんなに元気に生きていたんだろうと感じた。
コメント